百年に一度の大変革といわれる“EVシフト”によって、自動車業界と電池業界はかつてない盛り上がりを見せていますが、「安全性と低コスト」「構造・仕様の簡素化」「量産化の製造技術の確立」など、まったく新しいバッテリーの研究・開発・実用化に向け、国境・業界・企業を横断した熾烈な開発競争が繰り広げられています。
経済産業省の統計によると、1次と2次を合わせた2022年の電池の国内生産額は、前年比15.7%増の1兆1719億円となり、3年連続で増加。なかでも4年連続で増加しているリチウムイオン電池の市場規模は約6970億円で、そのうち約5700億円を車載バッテリーが占めています。
世界に目を向けると、2022年時点での車載バッテリー(全固体電池)のグローバルマーケットスケールは約60億円でしたが、2040年には3兆8600億円規模にまで急拡大すると予測(富士経済の予測の基づく)されていて、今後の電池業界ではエンジニア不足が深刻化すると懸念されています。そうした背景から、優れたアイディアや新たな構造や材料の技術スキルを有した、イノベーション創出の担い手となるエンジニアの育成が急がれています。
報道番組などでも特集のテーマに「全固体電池(フルセル電池)」(以下 全固体電池で統一)を取り上げる機会が増えていますが、スマホなどのデバイスや電子機器はもちろん、BEV(ガソリンを使用せず、100%電力で走行する車)の次世代 車載バッテリーとして注目を集めている全固体電池は「常識を覆す夢の電池」と称され、その革新性から「21世紀の産業革命」とも呼ばれています。
全世界が化石燃料を燃料とする自動車からEVシフトに切り替わろうとするいま、革新的な新技術の実用化に世界に先駆けて名乗りをあげたのがトヨタです。そこでまずは、全固体電池の開発・実用化をめざすトヨタの取り組みに触れる前に、車載バッテリーの“キホン”をおさらいしましょう。
日本国内ではまだ、ガソリン車と比較して「航続距離」の短さが、BEV(ガソリンを使用せず、100%電力で走行する車)のデメリットになっていますが、この「航続距離」は1回のフル充電(燃料補給)で走行できる距離のことを指します。
車の燃費を測る国際的試験方法である「WLTCモード」をもとに、1回の充電あたりのBEVの航続距離を比較すると下記のようになります。
車 種 航続距離 バッテリー目安
・日産「アリア B9」 約610km (91kWhバッテリー搭載車)
・日産「リーフ」 約450km (60kWhバッテリー搭載車)
・レクサス「UX300e」 約450km (72.8kWhバッテリー搭載車)
・日産「サクラ」(軽EV) 約180km (20kWhバッテリー搭載車)
・三菱「eKクロスEV」(軽EV) 約180km (20kWhバッテリー搭載車)
日産「サクラ」と三菱「eKクロスEV」は、自宅近隣での普段使いに特化した軽BEV(軽の電気自動車)であるため、一般的なBEVと比較すると航続距離は短めですが、約40分で約80%を急速充電できる使い勝手のよさから、地方を中心に高い人気を獲得しています。
※BEVについては新機種が続々と登場し、バッテリー・充電性能が向上していることに加え、外気温、エアコン使用、走行速度等の条件によっても航続距離は変化するため、提示した数字はあくまで目安となります
航続距離は車載バッテリーの容積率や生産メーカー等によって異なりますが、私たち一般ユーザがBEVを購入する際に最も気になる点は、やはり航続距離でしょう。
しかし、航続距離が長ければよいというわけではなく、日常生活であまり遠出をすることがなく、近所のショッピングセンターでの買い物や、片道1時間ほどの実家に行く、通院や子どもの送り迎えなどに使用する頻度が高い人にとっては、1度のフル充電で180kmほど走行する軽BEVで不便さを感じることはないといえます。さらに、補助金を利用すれば車体価格が200万円以下になる点も、軽BEVの大きな魅力となっているようです。
一方、自宅から片道2時間以上のゴルフ場や行楽地へ遠出する機会が多い、もしくは社用車として使用する……という場合は、充電整備が近くに整っているなどの条件を勘案したうえで、航続距離が200 km〜300kmのほうが充電の心配が少なく、安心して利用できるでしょう。このように生活スタイルや使用目的に合わせて、最も使い勝手のよいBEVを検討・購入する人が最近は増えているようです。
リチウムイオン電池の車載バッテリーを搭載したEV(HV・HEV、PHEV等)が主流の国内市場でも、今後は100%電力で走行するBEVが本格普及すると予測されますが、EVやガソリン車からのBEVへの転換を加速させる2つの要因は、「BEV搭載のバッテリー性能の向上」と「充電ステーションの拡充」といわれています。
2023年6月13日のプレスリリースによると、トヨタは2027年~2028年をめどに、次期グローバルBEV量販ラインナップに、次世代電池と進化系電池を搭載する新戦略を掲げています。まずは、2026年に導入予定の次世代電池として「パフォーマンス版」と「普及版」をあげ、さらなる進化系電池の「ハイパフォーマンス版」と「全固体電池」の開発・実用化にもチャレンジしていることを発表。
グローバルで次世代車載バッテリーの研究・開発が激化するなか、世界の強豪からアタマひとつ抜きん出る形で、BEV用次世代バッテリーのラインオフ時期、航続距離、急速充電時間を明示したのです。
トヨタが開発・実用化に取り組む「パフォーマンス版」「普及版」「ハイパフォーマンス版」「全固体」のなかでも、全固体電池は耐久性(電池の寿命)やコストなど克服すべき課題が多く、そのハードルの高さが実用化を遅らせる要因になっていることが、これまでの業界の定説でした。
トヨタはそれらのハードルを乗り越えるために英知を結集し、さらにレベルアップした仕様の電池の研究開発にも中長期の視点で取り組んでいることを表明していますが、進化系の「全固体電池」の車載バッテリーが実用化されたあかつきには、「パフォーマンス版」で実現した航続距離1000kmを約50%向上させる「約1500km」が実現することになります。
一般的なガソリン車が満タンに給油した場合の航続距離は約600km~1500kmですが、「パフォーマンス版」の車載バッテリーを搭載したトヨタのBEVは、ガソリン車で実現していた東京~広島間を往復する1500kmを1回の充電で走行できることになり、この数字からも約1500kmの航続距離のすごさがわかります。
トヨタの戦略(計画)が現実になった日には、航続距離が短い、充電に時間がかかる、車体価格が高いなどの現行のBEVやEVのデメリットが払拭されると期待されていますが、3〜4年後にラインオフされる次世代BEV・EVでは、以下のような利点を私たちは享受できることになります。
ひとつ目のインパクトが航続距離の大幅延伸です。
◉現行の普通乗用BEVの航続距離は約400 km〜500km
◉次世代BEVでは。1回のフル充電によって航続距離が1000 km〜1200 kmへと躍進!
もしかしたら、現状約180kmにとどまっている軽BEVの航続距離も、将来的に普通乗用BEV並みに躍進することになるかもしれません。そう考えると、なんだか夢が膨らみますが、さまざまメリットから軽自動車のようなコンパクトな車両が、もしかしたら未来のスタンダードになるかもしれません。
街中に充電ステーションが少ない、マンションなどの集合住宅に充電設備がないなどのインフラ未整備に加え、充電ステーションをようやく見つけたのに1回の充電に時間制限がかけられていて30分しかできなかった……など、さまざまな要因・制限によってEVシフトをためらう人が多いなか、東京都では2025年4月から商業施設やオフィスビルなどすべての新築建築物にEV充電設備の設置が義務化される「改正環境確保条例」が可決・成立されました。
こうした国・行政の支援と、民間における“EVシフト”への動きが相まって、今後は充電ステーションの数が急速に増加すると期待されていますし、そうなればガソリン車が数分で給油をスタンドで済ませるのと同じように、ささっと手軽にBEVに充電するスタイルが当たり前になることでしょう。
また、トヨタは下図に示した以外にも「生成AI技術の車載」についても検討していることを発表。これは車載OS「アリーン」と、AIの活用を次期グローバル量販車の標準仕様にすることで、最寄りのレストランや充電ステーションを問いかけた際に、素早く回答する次世代音声認識技術を車内に標準搭載するというものですが、こうしたサービスに加えて、運転者の車両操作を支援するAI新技術も車載する予定としています。
国際特許出願における「トータル パテント アセット(TPA)」のスコアで、世界トップに堂々と君臨するのがトヨタであることからも、BEVに懸けるトヨタの本気度がうかがえますが、全固体電池のみならずトヨタはモビリティーカンパニーへの変革へのアプローチとして「電動化」「知能化」「多様化」を掲げ、研究開発費を24%から45%に増額し、さまざまな分野に積極的に投資を行っています。
※「トータル パテント アセット(TPA)」については、「全固体電池の特許出願数は日本がトップ!」の記事を参照
◉電動化
航続距離を2倍にし、製造工程を半分にする「クルマ屋が創造するBEV」の開発により、日本各地域の事情や電力事情の厳しい新興国を見すえた新たなBEVを展開
◉知能化
乗り味のカスタマイズを含む「クルマの知能化」や、リアルタイムな情報に基づく「サービスの知能化」、ウーブン・シティに代表される「社会の知能化」によって、社会とのつながりを広げる
◉多様化
フルラインナップによる「クルマの多様化」から、ハンディキャップのある方も含めたすべての人の「移動の多様化」、「エネルギーの多様化」に取り組む
2026年に150万台、2030年には同350万台のBEVの年間生産台数を明示し、続々とグローバル市場にBEVを投入させようとしているトヨタですが、かつてHEV・HV(ハイブリッド車)で世界を席巻し、ハリウッドスターが地球にやさしいプリウスをマイカーとして乗りこなすなどの一大ブームを巻き起こした時と同じように、「セカイのトヨタ」がBEV市場における主導権を全固体電池で勝ち取るか否か……、技術革新に取り組むトヨタの動向に世界が注目しています。
何より、新しい社会、新しい時代、新しい未来を創造する新たなBEVを支えるのは、先進技術を身につけたエンジニアにほかなりません。21世紀の産業革命と呼ばれる全固体電池の技術開発や実用化については、制御系エンジニア、機械設計エンジニア、テストエンジニアのみならず、電気・電子、機械・メカトロ・材料など畑違いのハード系エンジニアの技術と叡智なくして実現しない、といえるでしょう。
自動車業界を志すエンジニアにとっては、車載バッテリーや全固体電池にかかる技術や、業界動向を知ることも必須のスキルになりますので、感度のよいアンテナを張りめぐらせ、トヨタだけでなく世界の強豪の動向を注視しながら、環境にやさしいクルマ社会の構築に、ぜひ貢献してほしいものです。
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